












岐阜城下町「岐阜町」の中心として歴史を見守ってきた「伊奈波神社参道」と、鮎の熟れ鮨を江戸まで運んだことから「御鮨街道」と呼ばれる通りの交差点に位置する、鉄骨造2階建の旧袴屋を握り鮨店に改修する計画である。
昭和後期、前面道路で起こった事故により損壊した北側外壁は、以来ALCによって閉ざされていたが、歩行者や住民の暮らしやすい街並みが整備されたことから本計画ではこの外壁を一新し、伊奈波神社参道のまち歩き体験に握り鮨店の営みを組み込むことが設計の起点となった。
石川県の有名鮨店と岐阜の日本料理店で計20年修行された大将は、伊奈波神社と金華山に守られたかつての岐阜城下町に惹かれてこの場所での開業を決断された。
そこで、岐阜城の寺町として寺院が密集する伊奈波参道沿いで数多く出会う塀に守られた境内の関係を参照し、閉ざされていた北側外壁をカウンターと客席を守る「塀のような外壁」として町並みに組み込んだ。
道路と客席の床レベル差を利用することで、外からは客席が見えない一方客席からは塀越しに参道の気配を感じられる内外関係をつくり、握り鮨専門店としての品格と参道の風景との接続を両立している。
また、建設から営業にかけて岐阜町のコミュニティを繋げ、人が集まる場所にしたいという大将の思いが建設プロセスに貫かれている。大将と設計者が工房や製材所を共に訪問して材料や製作方法を選定し、完成後に訪問者へ製作の輪を広げていけるよう、職人の思いを共有することを大切にした。
例えば、客席床材の「いぶし銀の敷瓦」は岐阜町に住む職人が山県市美山の達磨窯で焼いたもので、職人との対話の中で鮨ネタを置く器にも採用されている。
一枚板カウンター材と壁天井の羽目板材は、岐阜県七宗町の「東濃檜」製材所の節有り材やB級材を用い、大将の世界観に合うムラのある材をあえて選んだ。神棚材や穴子用のまな板、表札板も倉庫を歩く中で決めていった。椅子は岐阜市の家具職人に依頼し、客と大将の目線の高さにこだわったカウンターに合わせて長時間滞在に耐えられるハイチェアを探求した。
他にも、シャリを保温する「わらいずみ」は岐阜県美濃市でオオフトイの栽培・工芸品製作をする職人の初挑戦で、保温性と独特の荒っぽさを活かした美しくも無骨な仕上がりとなった。
器や湯呑みなどの備品も大将が石川と岐阜で積み重ねてきたこだわりの品が揃い、建設プロセスを通した人やものとのつながりが加わることで、鮨を握ることにとどまらないコミュニティの広がりの拠点が、岐阜町・伊奈波の交差点に新しく生まれた。